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エルロイ読んだらその辺の小説なんか生ぬるくて読めなくなっちゃうかもしれないけどね。
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ボケる前に死にたい
嬉しいこと、ムカつくこと、不思議なこと、そういうことを考えたりするのだが、分析して言葉にしようとすると逃げてゆく。特にブログのネタにしようという魂胆で考えはじめるとたちまち見失う。
まあ、ちゃんと考え事をまとめるための手法を使ってるわけでもなし、そもそもそれを勉強するつもりもなし、ただ帰宅して寝るまでの間にアルコールの入った頭でごにょごにょ考えているだけなのだが、それでも、集中しようとしても思考停止になってボーッとしたり、意識にチラチラと余計なノイズが乗って気が散ったりなんて、昔はなかったのになぁ。鋭意ボケ化中である。
こういう感想ならいくらでも書けるのだが、かと言ってちゃんと「考える」ことをしないでいると退化しそうで、というか現に退化しつつあるので、なんとかせねばいかん。とかいって、なんとかのしようがあるのだろうか。

いまNHKで介護職員の待遇が悪いという番組をしていたが、あそこで介護されている痴呆症(最近は認知症というらしいが)の老人を見ていると、いったい人間って何なんだろう、生きるって何なんだろうと思う。おお根源的な疑問。
世の中に対してこれからどんどん生産的な貢献をしていく(ことのできる)存在が、これからどんどん衰えて死に向かってゆくしかも痴呆でもはやなにごとの生産的なことをも行いえない存在の世話という、とても非合理的な光景に、どうも釈然としないものがある。

「人間は考える葦である」と言った偉い人(笑)の考えとは違うかもしれないが、この「考える」というところが人間の人間たる所以なのだと思うので、それができなくなった存在はもはや人ではないのでは、と思う。これは言ってはいけないことなのかもしれないが、痴呆症と精神障害者は、自分は人間としては認めがたい。ただ強調しておきたいのは、問題は精神であって、肉体ではないということだ。ホーキング博士は身体はあんなだが、頭は自分が1000万人いても敵わない。自分の1000万倍いやもっともっと、人間社会にとって価値はある。筋ジストロフィで眼やまぶたしか動かせなくなってしまった人でも、いまは機械を使って考えたことを人に伝えられるようになっていて、そういう人が書いた話や詩で誰かが感動したり人生を考え直したりする人がいたりする。そういう人も、ただ漫然と生きているだけの自分なんかよりも遥かに人間社会にとって価値がある。そういう意味で、身体の障害は人としての価値に何も関係ない。

自分がああ(痴呆、老化)なったときにちゃんと世話をしてくれるということが人生の安心・心の支えになるというのも分かるし、合理性だけが物事の価値基準ではないし、もし自分の親が痴呆症になったら、自分のやりたいことを削って親の世話をするだろう。そのときには「死ねばいいのに」とは思わないだろう。介護に疲れきったときにも思わないとは宣誓できないけど。

でも「自分が痴呆になったら」と考えたときには、とっとと死にたいと思う。迷惑をかけたくない。迷惑じゃないと家族は言うだろうし、逆に親にそう言われても「迷惑じゃないよ」と答えるだろう。それは本心だ。自分の中の情として本心だ。孝行だし、育ててくれた親への恩返しだし。でもそれについて税金が幾ら必要だとか言われると唸らざるを得ないし、そういうのを食い物にする企業(企業というのは営利を最大の目標にするもので、非営利活動法人とは根本的な異なる)という存在に最も虫唾が走る。そいつらの飯の種になるぐらいなら死んだほうがマシだという気になる。

できることなら世の中にもマイナスを与えずに一生を終えたいものだ。
税金の払い損かもしれないが、介護職員に「こいついつも手間かけやがって」なんて思われながら生きるよりはマシだもんな。だってぜったい面倒なボケ爺ィになるもん俺。そこは保証するよ。世話してくれる女の子のオッパイさわったりグダグダわけわかんないこと言い続けたりしそうだもん俺。このブログ見りゃわかるっしょ。


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